COOK MAGAZINE

元テニスプレイヤーでガット張り名人の夢はワイナリー。農を“楽しむ”達人ここにあり。

2019.10.21
COOK MAGAZINE
INTERVIEW:
岩瀬果樹園(チロルの農園)岩瀬 宏二

愛知県豊橋市。クックマートの本拠地があるこの街は、総人口37万人を超える東三河地域の中核都市です。平坦な地形と穏やかな気候から農業が盛んで、市町村ごとの農業産出額(農業粗生産額)は全国でもトップクラスを誇ります。

中でも北部は米づくりと果樹栽培に力を入れる農家が多く、とりわけ甘柿で知られた“次郎柿”の生産量は日本一。その中で、元テニスプレイヤーでガット張り名人の農家がいるらしい、という噂を聞きつけてやってきました。

「僕、楽しいことしか続けられないんですよ」

そう笑うのは、岩瀬果樹園の二代目である岩瀬さん。彼が作るぶどうや梨は甘くて大粒。クックマートの舌の肥えた主婦たちをも唸らせると評判です。楽しいことをしたい彼がどうして農家になったのか、そして農家でどんな楽しみを見つけているのか。たわわに実った完熟のぶどうに囲まれながら聞きました。


今も昔も、フィールドを走り回る。

──岩瀬さんの肩書きを拝見すると、岩瀬果樹園の代表であり、フィールドスタッフであり、元テニスプレイヤーでストリンガーとありますが……いったい、どういう毎日を過ごしているんでしょうか??

岩瀬さん:もう、ずっと走り回ってますよ。農園の中でも営業や配達先でも。あんまり動き回るからフィールドスタッフと名乗っているんです。実は自分の農家の仕事以外にも、地域の農業委員としても動いていて、この地域の遊休農地をうまく解消できるように自治体に働きかけたり、相続やソーラーパネルを畑につけたいという相談とかも受けたりしてね。今はいくら時間があっても足らない状態ですよ(笑)。

──でも、すごく楽しそうです

岩瀬さん:逆に、楽しくないことは全然できないんです。昔から勉強とか大嫌いでしたし。机に座ってられないんですよね。でも、好きなことなら苦にならないし、やるなら徹底的にやりたくなっちゃう。

──テニスプレイヤーだった頃は、どんな選手だったんですか?

岩瀬さん:とにかく拾いまくるスタイルでした。フットワークと粘りが強み。テクニックはなかったですが、根性だけはありましたねぇ(笑)。高校時代は全国選抜にも出場したし、大学では東海学生の一部リーグで主将を務めてね。でも、大学で故障してしまって、選手の道は断念しました。それでもテニスに関わりたかったからストリンガー(ガットを張る専門家)に転身したんです。

岩瀬さんのラケットコレクション。見たことがない変わった形のラケットが並びます。

ストリンガーになってからは、世界中から変わった形のラケットを仕入れて張りの勉強をしました。特に80〜90年代には面白いラケットが多いんですよ。グリップが曲がったやつなんて、今は誰も使わないんですけど、張れないのは嫌じゃないですか。だから徹底的に研究して。

2000年には日本ラケットストリンガーズ協会の公認ストリンガーに認定。その後、国内最高峰の大会でオフィシャルストリンガーとして参加して、世界トップクラスの選手のガットを張らせてもらいました。いやぁ、いい思い出ですよ。

やると決めたら、全力で。

お会いしたときは、ちょうど梨が食べごろでした。

──それだけスポーツの世界にいたら、農家を継ぐ時に葛藤があったんじゃないですか?

岩瀬さん:いや、そんなことはなかったです。子どもの頃から「最終的に農業を継げばいいから、それまで好きなことをやっていいよ」って言われていたので、漠然と継ぐことはイメージにありました。それに、いつか農業をやる、と分かっていたから振り切ってテニスに没頭できたと思うんですよ。

だからストリンガーを辞めて農家を継いだときも、違和感はなかったです。ただ、やる以上は全力で農業をやろうと思ったし、ここでもちゃんと結果を出すぞ、という気持ちはありました。

──農家を継いでからの岩瀬さんを教えてください。

岩瀬さん:まずは基本を学ぼうと、3年間は親のやっている通りにやりました。梨、柿、ぶどうの育て方はもちろん、卸先のことや売値のことなどを、がむしゃらに親の背中を見て学び、それから自分なりの方法を考えたんです。

これは僕の勝手な思いなんですけど、3年おきに転機を作りたいんですよね。ただの飽き性かもしれませんけど(笑)。とにかく、変えたくなる。そのときは自分で売り先を決められる農家を目指そうと決めました。

安定的に決まった卸先はありがたい存在なのですが、僕は違うやり方ができないかと考えたんです。その決断をした頃に、妻が「クックマートさんに卸してみようよ」って言ってきて。

──すごいタイミングですね!

岩瀬さん:妻はクックマートさんに買い物にいく常連で、お店に貼ってあったみたいなんですよ。地元農家募集! みたいなチラシが。で、これはチャンスだと思ってすぐに申し込んで、おかげさまで今も取引が続いています。ちょうど10年ぐらい前のことですね。

──取引先としてのクックマートの印象を教えてください

岩瀬さん:今うちは、完全に直売農家としてクックマートさんのお店9店舗に配達にいっていますが、どのお店も活気があって、密にコミュニケーションが取れるお店ばかりですね。必ず売れ行きのフィードバックをくれるし、全国的に今年のぶどうの出来はどうだとか、梨はあの地域が今いいぞとか、そういう情報交換ができるのはすごく助かります。話ができると元気がでるし、配達が楽しみになるお店ですよ。

チロルの農園のオリジナルダンボール。自分のブランドで売れることがたまらなく嬉しいとのこと。

──直売農家になって、一番大きな変化はなんでしょうか

岩瀬さん:やっぱり、収穫のタイミングを自分で決められるし、自分のブランドで商品を販売できるのは嬉しいです。

特に収穫の時期は、そのときどきの気候や品種によってベストの日が違うんです。だからクックマートさんとの取引でも、毎回決まった量を出荷するわけじゃない。日によっては「もっとないの?」なんて言われることもあります(笑)。でも、無理に増やそうと思ったら若採り(完熟前に収穫したもの)するしかないじゃないですか。

一度、クックマートさんに聞いてみたんですよ。「若採りでもいいの?」って。そしたらダメだ、って。これは嬉しかったですね。やっぱり、最高の果物をお客さんには食べてもらいたい。その思いを共有できるというのは、やりがいがありますよ。同時に、すごくおいしいのを作らなきゃって責任感も感じます。

チロルの農園のオリジナルTシャツ。イラストがかわいいと評判だとか。

──岩瀬さんのブランド「チロルの農園」はずいぶん知られるようになってきたとお聞きしました

岩瀬さん:元々はうちの愛犬「チロル」から取った名前で、最初はそんなに長く使うつもりはなかったんですよ。でもロゴマークを作るときにデザイナーさんから「チロルの農園っていいじゃないですか!」って褒められて、それからずっと使っています。気づけば5年ですか。消費者の方はスーパーで並ぶたくさんの果物から「チロルの農園」をわざわざ買ってくださるわけで、それはとても誇らしいことですね。

この地域の風景を、変えたい。

──岩瀬果樹園さんの地域は日本一の次郎柿の産地です。その中で“葡萄儂人”を名乗り、ぶどうにこだわるのはなぜでしょうか?

岩瀬さん:味も好きですが、ぶどうは楽しいんですよ。それが一番ですね。

──ぶどうは、楽しい??

岩瀬さん:そう。ぶどうの作業をしていると朝から晩まで作業していてもあっという間に時間が過ぎる。夢中になれるんですよ。純粋に仕事が楽しいんですよね。たとえば柿とか梨の作業は、簡単に言えば形の悪いものを落とすことなんです。いいものを残して育てていくんですね。

でもぶどうは、房の一部を切りながら房全体の形を整えていく作業。デザインしていくというか、理想の形を作り上げていく面白さがある。だからハサミを入れる作業がすごく楽しいんです。

ぶどうにハサミを入れる岩瀬さん。この作業がたまらなく楽しいという。

それと、私には夢があって、この土地にワイナリーを作りたいんですよ。たぶん豊橋では初だと思います。

──ワイナリーということは、この岩瀬果樹園の中でワインを作るということですよね?

岩瀬さん:そうです。そのための醸造責任者をこの冬に正規雇用する予定です。私自身もワインエキスパートに向けて勉強中ですし、すでに原料となるぶどうも5年かけて生産を実現しました。マスカット・ベーリーAという品種で、日本で唯一世界的に認められている赤ワイン用のぶどうです。

小牧の醸造所に依頼して作ったワイン。味はまだまだこれからですね、と岩瀬さん。

岩瀬さん:すでに外部のワイナリーさんに委託醸造して作ったワインもあるんですよ。5年後には、自社のワイナリーをオープンしたいと思っています。

──すごい。もうそこまで計画があるんですか。

岩瀬さんぶどうってものすごくロマンがあるんです。フランスの農家さんなんて世界中から注目されるじゃないですか。本当に小さい地域なのに世界中のワイン通がその地名を知っている。そこの農家さんもプライドもってぶどうを作り、毎年の出来でどう醸し出すかを考え尽くしてワインにする。そこにラベルデザインやウンチクとかをソムリエが語ってね。

旬の時期は毎日ぶどうを食べ、それ以外は毎晩ワインを飲むぶどう大好き岩瀬さん。

岩瀬さん豊橋は、山梨や長野に比べたらぶどうが作りにくい地域ではあるけれど、自分の農地で何を作ってもいいわけじゃないですか。だったら好きなものを作りたい。好きなことを突き詰めてくのが私の性分なんでしょうね。

──最後に、これからの目標について教えてください

岩瀬さん:豊橋でも道の駅ができたり動物園があったりして人が来るようになったんですけど、南の方ばっかりなんですよね。私は北にも人が訪れるようにしたい。ワイナリーがあって、一面に葡萄畑が広がっているような風景ができたら素敵じゃないですか? そんな中をドライブとかしたいですよね。ついでに梨と柿も買ってくれたら最高です(笑)。

いつも、自分の20年後を想像するんです。多少の失敗や借金があっても、ワイナリーとしての建物があって、自分が育てた果物と、醸したぶどうで作ったワインがあって、それを夜飲んでいるイメージがあるんです。見えるんだから、絶対作りたいですよね。めちゃくちゃ楽しいじゃないですか。やるしかないですよ。

果樹園をバックに、チロルの農園の看板と一緒に。

夢を語る岩瀬さんは本当に楽しそうで、心から好きなことに取り組んでいるということが伝わってきました。

岩瀬果樹園さんの果物は、「チロルの農園」のブランド名でクックマート各店で手に取ることができます(一部店舗を除く)。岩瀬さんが腕によりをかけて育て、一番いいときに収穫さされた自信の一品。

クックマートの店舗でも、この袋のまま並びます。

このかわいいイラストを見かけたら、ぜひ手にとってみてください。梨、柿、ぶどうがあります。それに近い将来、チロルの名前がついたワインも出てくるかもしれませんよ。今後も目が離せない農家さんのひとつです。

岩瀬果樹園(チロルの農園)
https://iwasekajuen.com

text:Shingo Kato(LANCH)
Photo:Yoshihiro Ozaki(daruma)

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